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新潟地方裁判所高田支部 昭和23年(ワ)14号 判決

原告

電気化学工業株式会社

被告

電化青海工場労働組合

主文

被告組合は原告会社に対し金二百万円及びこれに対する昭和二十三年八月二十七日からその完済に至る迄五分の割合による金員を支払わなければならない。

訴訟費用は被告組合の負担とする。

本判決は原告会社に於て担保として金百万円またはこれに相当する有価証券を供託するときは仮にこれを執行することができる。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は請求の趣旨として、被告組合は原告会社に対し金二百万円及びこれに対する本件判決送達の翌日よりその完済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は被告組合の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求めた。

事実

請求の原因として述べた要旨は

第一  原告会社、全電化労働組合、被告組合の各組織並に昭和二十二年十二月末現在に於ける従業員に対する給与

(一)  原告会社(以下単に会社と略称する)に昭和二十三年三月末現在で組合員なる従業員総数五、六七一名を有し、石灰窒素炭化石灰及びその他の化学工業品の製造販売等を主たる業務とする資本金五千七百万円の特別経理会社であり、被告組合(以下単に組合と略称する)は電化青海工場の従業員を以て組織され、右同日現在で組合員三、四六一名を有する法人である。会社内には事業所別で従業員を以て組織する電化青海工場労働組合、電化大牟田工場労働組合、電化秋田砿業所労働組合電化本社従業員組合及び電化本所工場労働組合の各単位労働組合があり、これ等の組合は一体として全電化労働組合連合会(以下単に労連と略称する)を結成していた。

(二)  会社の従業員に対する給与は昭和二十二年十二月末現在税込で一人月平均三、一五〇円、賞与月割一〇〇円、特殊作業手当月割一〇〇円、以上合計三、三五〇円を支給し、別に時間外残業手当その他の基準外手当月額一五〇円、以上総計三、五〇〇円を支給した。

第二  争議の経過

(a)  対労連の交渉経過

(一)  会社の従業員に対する前記給与は昭和二十二年四月の給与改善(一人当り平均税込概算八〇〇円増額)同年七月の給与改善(一人当り平均税入概算一、〇〇〇円増額)とによつたものであるところ、労連は会社に対して昭和二十三年三月二十八日付及び同月二十九日付の二回に亘り書面を以て左記内容を骨子として従業員の給与改善案を具陳して経営協議会(会社の労資間の協議機関)の開催を要請した、即ちその案は、(イ)一月より三月迄の給与増額金(労連は赤字補填金と称する)として毎月平均手取り二、一一一円六〇銭を支給する、(ロ)右金員の支給については五二%は一率給二八%は能力給二〇%は家族給とする、(ハ)右支給金額を現行賃銀「ベース」に加えた額を四月一日以降の新賃銀「ベース」として認めること、但しその支給の詳細は別に協議する、(ニ)住宅手当として社宅外居住の従業員で実質上の世帯主に対し届出の翌月より手取り三五〇円を四月一日以降支給する。右要請の手取り二、一一一円六〇銭は税込にすれば約三、三〇〇円となり、これを当時の基準支給額三、三五〇円に加算すれば六、六五〇円となる。

(二)  会社は同年四月六日文書を以て左記内容を骨子とする給与増額案を経営協議会に提示した、即ち、(イ)新給与体系を確立すること、(ロ)新給与体系の総枠は現給与より一、〇〇〇円程度の増額とすること、(ハ)新給与体系の根本趣旨は能力給的要素を加味する増給のこと。現在の給与体系は九〇%強が生活給的部分を占め能力給的部分は極めて僅少に過ぎない、特に青海工場従業員については平均税込で能力給が一七二円(六%)一率給が二、〇九二円(七二%)家族給が六四八円(二二%)となり能力給は六%に過ぎない、これを現状のまま放置すれば、勤労意慾は昇らずまた能率向上えの努力も期待できない、従てこの際新給与体系を確立して給与増額に関する改善を試みようとしたのである。かくして同年四月十五日より同月二十一日迄六日間に亘つて経営協議会を開催し、労連提案の所謂赤字補填請求事項と会社提案の給与増額事項とを一括上程したが、労連は理論生計費を主張してその案の妥当性を強調し、会社は現在の給与体系が能力給を著しく軽視する点を指摘してその必要性を力説したが、結局労連は労連案のみを単独協議するように要請し、会社は飽く迄両案の同時審議を主張したが、協議が纏らなかつたので、局面の打開策として同月十九日一月より毎月本人に対して本給の五倍、家族に対して四人目迄一人一三〇円、五人目より一人一〇〇円の手当を増額する、但し地区差給として右の金額につき大牟田二割、門司三割東京大阪四割を加給する旨の暫定案を提示した。右の暫定案によれば計算上一人平均一、一〇〇円の増額となり、また本給の五倍の増額があるため能力給を重視して配分した点に特徴があつて、現行の非能力給的部分を幾分なりとも是正する内容を包含していた、なお会社は四月以降の賃金については相当の考慮をするが、四月以降の新給与体系が確立する迄この暫定案による旨の意思表示をしておいたところ、右の暫定案は経営協議会に於て妥結を見るに至らず、労連は各単位組合の意向を参酌してこれが決定をしたいと申出たため、経営協議会は同月二十一日を以て一応休会に入つた、越えて同年五月五日経営協議会を再開したが労連は原案支持の一本であり、会社は枠及び配分の二点に於てこれと意見を異にし協議は依然行悩の状態にあつた。会社は誠意を以て事態を円満に解決したい余り、その翌五月六日経営協議会に於て局面打開のため大乗的見地に立つて更に税込で本人には平等に三五〇円の加給をする、但し十八才以下の者には二〇〇円の加給をするが、右については地区差を設けない旨の追加増加案を提示して妥協的態度に出たのであつた。かくして右の追加により会社の従業員に対する一人一箇月の平均給与は現行の前記三、三五〇円に、暫定増加の概算額たる一、四五〇円を加え合計概略税込で四、八〇〇円となるに至つた、労連は再び各単位組合の意向を聴くことになり経営協議会は休会に入つた。

(三)  同年五月十九日労連は会社に対して団体交渉を要請したが、その交渉事項は労連提案の経営協議会附議事項と殆ど同一である、よつてその翌二十日団体交渉を開催したが交渉は不調に終つた、同月二十一日労連は全電化中央委員会を開いた、そして組合は同日労連から脱退し会社に対して闘争宣言をしたのである。

(四)  労連は組合が労連から脱退後も会社との間に同月二十二日、二十四日、二十五日、二十六日と連続して団体交渉をしたが会社は二十六日に左の提案をした、即ち、(イ)一月より三月まで毎月の手当として本人に対して本給の五倍、家族に対して四人目まで一人当一三〇円、五人目より一人当一〇〇円を増額支給する、但し地区加給として右の金額につき大牟田二割、門司三割、東京大阪四割を加給する、別に本人に対し平等に三五〇円を加給する、但し十八才以下の者には二〇〇円を加給する、(ロ)住宅手当として社宅外居住の実質上の世帯主に対して一箇月税込で一六〇円を四月以降支給する、(ハ)四月以降の給与は一箇月平均四、八〇〇円を保障し、(労連の要求は四、八二八円六〇銭である)これが配分は新賃銀体系によることとし、六月中旬に経営協議会を開催し、同月中双方誠意を以てこれが確定に努力する、(ニ)臨時賞与として左記の割合によつて得た金額(その金額は一人平均手取り約一、八〇〇円となる)を支給する、即ち本人に対して本給の四、五倍(日給者に対しては日給三十日分の四、五倍とする)を、家族に対して四人目まで一人当一一五円を、五人目以上は一人当九〇円を増額支給する、(以上の給与については地区加給がある)右の外本人に対し平等に六〇〇円を加給する、但し十八才以下の者には五〇〇円を加給する。この提案を労連案と比較すれば一月より三月までの支給額については税込で一、一〇〇円少いことと、四月以降の住宅手当は若干少いが、四月以降の新給与と前述のように平均四、八〇〇円の支給を保障したものであるから、新賃金の体系による計算の結果四月以降の給与は労連の要求額を全面的に容れたものである、なお右の臨時賞与給与額を加算しての計算によれば一月より三月までの部分は会社は労連の要求額に対して地区加給の関係上東京は七九%大牟田は七三%内外を承認したことになる。越えて同年五月二十七日会社は労連との間に細目の協定しその翌二十八日協定書に調印するに至つたので、組合員たる従業員総数五千六百余名の中約二千二百余名即ち事業所五箇所の中四箇所については円満裡に交渉が成立妥結したのである。

(b)  対組合の交渉経過

(一)  前述のように同年五月二十一日組合は労連を脱退して会社に対し闘争宣告をしたが、会社と労連との間には労働協約があつたけれども各単位組合と会社との間にはこれがなかつたので会社と組合との関係は無協約状態に陥つたところ、これを理由として組合は協約の締結と、これ迄労連の交渉した給与の増額改善に関し単位組合としての給与改善を会社に要請したので、両者の間この点につき交渉中であつたにも拘らず、組合は会社から満足な回答のないことを理由として(但し組合は会社と労連間の労働協約の準用を獲得することを主たる目的とした)同年五月二十二日正午より二十四時間「スト」に入る旨を宣言し、賠償関係要員以外は全部非平和的にこれを実行し、その翌二十三日正午これを解除し、次いで同月二十四日午後四時五十八分要求貫徹を条件として再び非平和的に同月二十五日午前七時四十五分より二十四時間「スト」に入る旨通告し前同一の目的を以て同月二十五日午前七時四十五分よりこれを実行した。元来会社と組合間の紛議は給与改善に起因したのであるから、これにつき会社は誠意を以て交渉に当りたい旨組合に申入れたが、組合は労働協約の先議を要求して給与改善の交渉には入らなかつたのであるが、組合は同月二十六日に至り協約締結を主として要求条件貫徹のため会社に対しまたまた非平和的無通告無制限の「スト」を実行する旨通告して来たのであるが、これより先会社は組合に対し給与改善、労働協約締結等に関して平和裡に組合と交渉したい旨しばしば申出でたものであるから、前記通告は違法も甚だしいというべきである、そして組合に所属する会社の青海工場鉄道係従業員は同係のみの職場会を開催して同月二十六日午前八時より同年六月二日午後十二時まで「スト」を決行し、同工場石灰係従業員は同係のみの職場会を開催して同年六月一日午前十一時よりその翌二日午後二時まで「スト」を決行した。

(二)  会社の事業は県下は固より全国的の重要産業であつて、その製造目的物たる石灰窒素は農業に必要なる肥料であるから、会社の争議継続は農民に影響すること甚大である、これがため新潟県地方労働委員会(以下地労委と略称する)斡旋員は会社の青海工場の争議の実状調査と斡旋のため同工場に来て実状調査または斡旋行為を行つていたのであるが、同年六月一日午後十一時に至り地労委斡旋員三名により行われた会社と組合間の交渉に於ける斡旋は不調に終つた、よつて同月二日午後三時地労委斡旋員大井委員は同委員が作成した会社と組合間の暫定労働協約案を会社に対して提示し、またその前後組合に対しても提示したようである、かくて同月二日に至つて給与改善、紛議事項等の交渉については平和裡になすことを条件とすること及び労働協約新条項を定めた所謂暫定労働協約が会社と組合との間に締結されるに至つた。会社は前記「スト」或は前記鉄道係、石灰係の部分「スト」等により受ける損害を概算すれば数百万円に及ぶものであると考えたことがあり、「スト」等を伴う非平和的交渉は全くこれを忌避していた関係もあり、また暫定労働協約案は斡旋員大井委員も慫慂したので、これを拒否するときは会社は業務遂行上大なる支障があると考えたのでその協約案を組合に対して承認し、同月二日午後十一時五十分調印した次第である。

(三)  越えて同年六月三日組合は給与改善につき会社に対して団体交渉を申入れたのであるが、その交渉事項の内容は労連としての前記要求の一箇月手取二、一一一円とあるを組合は地区差による平均給与が少いことの結果として一箇月手取一、九八二円二九銭と訂正した外はすべて前記要求と同額にし、また配分は幾分減少した外は前の要求条項と同一であつたのであるが会社はこれが申入を応諾し、同月四日午後一時より団体交渉に入り引続いで同月七日まで会社は組合側と団体交渉を行つたのであるが、今ここに給与改善に関し会社が提示した妥結案の主要条項を具体的に記載すれば左のとおりである、即ち(イ)一月より三月までは本人に対して本給の五倍(日給者は三十日分の五倍)を、家族に対して四人目まで一人一三〇円を、五人目以上一人一〇〇円を、別に本人に平等に三五〇円を加給する、但し十八才以下の者には二〇〇円を加給する、(ロ)住宅手当として社宅外居住の実質上の世帯主に対して一箇月税込一六〇円を四月以降支給する、(ハ)四月以降の給与は前記第二の(a)(四)の(ハ)に記載した会社が労連との間に妥結した一箇月平均四、八〇〇円を保障する旨の基本条項に従い組合所属の従業員の給与を算出して得た税抜の四、四〇〇円を保障し給与体系については別に協議する、右のように給与平均額が低下するのは組合の従業員中には勤務年限の短い者年少者等あること及び地区加給がないこと等のためである、(ニ)臨時賞与として会社か労連と妥結した前記第二の(a)の(四)の(ニ)に記載したと同一の割合による金額を支給する、但し組合の従業員には地区加給がないこと、新勤務若年者が多いこと等のため、組合を含まない労連の一人平均手取一、八〇〇円より少く、平均一、六〇〇円未満となる、けれどもこれを一、六〇〇円としその差額の配分については別に協議する。

以上会社が組合に提示した給与改善案は会社の他の単位組合の連合体たる労連と妥結した条項に比べ毫も不当な条件ではない、即ち労連に所属する大牟田単位組合に七三%を承認した計数の妥結者と同様の待遇を以て組合の要求を容れて妥結する計算となるので、会社は組合に対してこの事情を詳述して、誠心誠意を以て円満なる解決方を申入れたが組合はこれに応ぜず妥結するに至らなかつた。なお会社のこの提案を同業の他会社がその従業員に対する待遇に比較すれば相当好条件というべきであつて、組合の従業員については地区加給はないがこの点は不当ではない、官公庁に於ても青海と東京とを比較すれば東京には三割程度の地区加給があることは顕著な事実であるが、会社の東京に於ける従業員に対する地区加給は青海に於ける従業員に対する給与に比し四割加給の地区給はあるが、会社の給与中には地区給を全然認めない一率給が多々あるからこれを繰入れて会社の青海と東京との地区加給を算出すれば平均三割前後であつて、官公庁の地区差給に比し寸毫も不当ではない。かくして同月八日より同月二十三日迄の間十四日を除き団体交渉を継続し、会社は組合に対する給与改善案が公平妥当であつて所属組合員を毫も悪遇するものでないことを挙証し且詳述したが、組合幹部はなお且つ反対し遂に妥結に至らなかつた。その間同月十日組合所属の鉄道係の一部及び石灰原石採掘事業従業員の一部は「サボ」を実行し、同月十一日組合は会社に対し無通告無制限の「スト」あるべきことを通告した、そして同年六月十四日午後四時より同月十六日午後二時までの間組合所属の鉄道係従業員が「スト」を決行し、また同月十九日午前十時十五分より賠償関係の保管要員及び火災予防要員以外の組合の従業員全部は「スト」を決行し、同月二十八日午前十時十四分組合がこれを解除したまで継続した、旦し同月十九日午後十一時四十五分より鉄道製品運輸「ボイラー」の各係のみは「スト」を解除した。

第二  本件争議の違法性

本訴請求の原因である「ストライキ」は昭和二十三年六月十九日より同月二十八日に至るまで連続して長期「スト」を決行したことであるが、この「ストライキ」は次の理由により違法である。

(一)  所謂平和条項に反してなされたものであるから違法である。前記暫定労働協約前文には「平和裡に」の字句があること、また同協約第十四条には「この暫定協約についてまたは暫定協約前文の事件解決について、工場及び組合はいつでも新潟県地方労働委員会その他の機関に斡旋、調停または仲裁を依頼することができる」旨の条項があることを参照すれば、右前文の平和裡という意味は組合または従業員が「スト」を決行する場合にはまづ団体交渉を平和裡になし、即ち「スト」または「サボ」等の行為をなさず、信義誠実を以て団体交渉を行い、もしその交渉が不成立になつた場合でなければ「スト」権は行使できない趣旨に解さなければならないと信ずる、旧労働協約と暫定労働協約を比較すると、右前文及び第十四条が重要なる相違点であり、同条の斡旋、調停または仲裁を依頼することができるという字句は斡旋、調停または仲裁に付することができると解さない限り、この条項を協約中に入れた意味が透徹しない、但し仲裁については当事者双方の申請がない限り仲裁に附さない趣旨であることは仲裁の性質上勿論であろう、斡旋委員は何が故に指導的に斡旋したかを考えてみると、当時斡旋委員が「スト」または争議状態の発生を虞れて斡旋の権限を発動したことからみて、「スト」回避のため本件協約が起案されたことは前後の事情上余りにも明白である、仮に起案者大井委員が組合に対して本件暫定労働協約が争議権を封殺するものでないといつたとすれば、それは争議はやれるがその争議をやるには条件があるのであつて、その条件とは本件暫定労働協約を破毀することを内容とする趣旨であるといつたものと認むべきで、団体交渉継続中に「スト」はやれないものである。所謂平和条項とは一定の段階を経た上でなければ争議行為はやれないとの趣旨で、一定の段階を経ないことは債務不履行であり、その債務不履行による「スト」は違法であると解するのが平和条項の趣旨である、また仮に大井委員が会社及び組合に対して八方美人的な言を弄したとすれば本件暫定労働協約が争議権を封殺しないことを組合に対してのみ明言して会社に対して云わない限り、会社としては右協定文書に現われた字句を客観的に解釈するより外はない、従て本件「ストライキ」は寸疑の余地なく暫定労働協約違反であり違反な「ストライキ」である。

(二)  組合の本件「スト」実行はその手続に欠けるところがあるから本件「スト」は違法である。組合の規約によれば機関の議決はすべて決議権行使の構成員の三分の二以上を要件とし、また罷業権の行使乃至中止は決議権総数の四分の三以上の同意を要件としている、そして組合は六月二日暫定労働協定の締結のあつた後その締結前の決議に基いて本件「スト」をしている、仮にこれについて右決議の再確認があつたとしてもその方法は挙手の方法によりなしたものであるから不適法である、「スト」は会社の死活に関する重大事項であり、従業員の経済にも大きな影響を及ぼし、なお生産停止により直接または間接に一般の受ける損害の重大なることよりこれを見ればその開始及び継続については深甚なる考慮をし慎重に処置しなければならない、従て「スト」は継続するや否については組合執行者は少くとも一日若くは二日おきに一般従業員の意向を参酌するため従業員大会を開き、且つ中央委員会、執行委員会等を間断なく開催し、以て一般従業員大多数の総意を訊す等の民主的行動に出るべきであつて、毫も客観的に非難を受けることのないような行動に出なければならない、重大な損害を及ぼす「スト」は漫然と継続続行すべきものでない、組合には結局その手続に於て欠けるところがあつて会社に損害を及ぼしたので本件「スト」は違法である。

(三)  本件「スト」は長期「スト」であるために会社に与えた損害程度が大でありその限度を逸脱しているから違法である。給与改善に関して組合側の要求額と会社の申出額とを比較すると差額は一日一人当り平均十七円となる、そして組合員たる従業員総数三、四六一名であるから総体に於て一日平均概算五九、〇〇〇円となる、然るに組合は「スト」を実行しこれにより会社に与えた実損一日平均百二十五万円余である、本件のように六月十九日以降同月二十八日まで不当に連続して長期決行された「スト」の如きは資本金五、七五〇万円の会社が数百万円或は千万円以上の損害を受けることになるので、その結果会社の存在を危くする事態に至らしめるものである、即ち全く限度を超えた不当な行為となるから本件「スト」はこの点に於ても違法である。

(四)  会社は組合の本件「ストライキ」のため従業員から労務を提供せしめて会社の業務を遂行する権利を侵害されたものであるから、財産権の侵害があり経営権の侵害がある、そしてそれは組合幹部の不当な指導及び執行行為によるものであるから不法行為というべきであると共に前記所謂平和条項に違反して、従業員として労務提供の義務あるものに労務の提供をなさしめなかつた点に於て本件「スト」はまた協約上の義務不履行である、従て組合はその不法行為並に債務不履行による後記損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

第三  本件「ストライキ」に因る損害額及び本訴請求額

会社は昭和二十三年六月十九日より同月二十八日までの本件「ストライキ」期間中同月二十日より同月二十六日までの七日間で、右「ストライキ」に因り合計七百八十七万三千百四十三円十三銭の損害を蒙つた。凡そ「ストライキ」の影響としては有形無形各種の損害があるが、本件「ストライキ」に因るものとして金銭的に見積り得る損害の中客観的妥当性を有するものとしては、本件青海工場のように「アセチレン」系製品を生産する工場に特有なものと、「ストライキ」中の遊休費及びその他の直接的経費等一般の工場に共通なものとがある。ところで本件青海工場の製品は主製品たる石灰窒素を始め殆どすべてが「カーバイト」を基として生産される「アセチレン」系製品であるため「カーバイト」の減産は必ず何時かこれに相当する他の製品の生産減を招来する、そして「カーバイト」の生産は一に電力事情によるものであるから、電力の豊富な豊水期(四月より七月半頃までの間)に於てこれを多量に生産して相当量を渇水期(十二月半頃より二月半頃までの間)に持越すようにしなければ石灰窒素等各製品を年間継続して生産することが不能であつて、企業の維持が困難となるのである。本件「ストライキ」の影響として挙げらるべき大きな損失は渇水期に持越さるべき「カーバイト」の数量減に基く損失である、即ちこの減少した数量に相当するだけ渇水期に人件費を始めその他の固定諸経費を賄うべき収入が減少する、本件「ストライキ」がなく順調に操業を続けた場合の「カーバイト」の予定生産量、他製品への割当及び渇水期に持越さるべき数量は次のとおりである。

昭和二十三年六月分 同上一日換算

「カーバイト」生産高

同 消費高

内訳 石灰液

その他「アセチレン」製品液

小計

掲水期繰越

そして上記五三屯は石灰窒素に換算すると六六瓲になるから、渇水期に至る石灰窒素六六瓲に相当する収入の減少となり、その損害を計算すれば次のようになる。(何れも一日当り)

収入

六六瓲(一八%)@二一、七一六円四四

支出

「カーバイト」五三屯@一〇、二三四円八二

同上価格差益金@七、二四四円四四(新旧公価の23)

石灰窒素製造のための追加経費六六瓲@一、三〇〇円〇〇

差引純収入

右差引純収入金四十二万千八十四円二十六銭は本件「ストライキ」がなければ得べかりし一日の利益であつて、会社は本件「ストライキ」のため損害請求日数七日分で金二百九十四万七千五百八十九円八十二銭の損害を受けたことになる。本件「ストライキ」に因り生じた遊休費及び直接的経費は次のとおりである。

(1)  遊休費 三、一九一、〇七二円五〇

(2)  操業中止による製品「ロス」及び操業再開のための特別経費 一、二二六、五二六円四三

(3)  「ストライキ」のための特別経費 五〇七、九五四円三八

右遊休費及び諸経費も「ストライキ」に因る損害で本件「ストライキ」のため損害日数七日分で金四百九十二万五千五百五十三円三十一銭の損害を受けたことになる。以上の各損害総額金七百八十七万三千百四十三円十三銭となる。

よつて会社は組合に対し右損害金七百八十七万三千百四十三円十三銭の一部金二百万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日よりこれが完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を請求すると陳述し、被告代理人の主張事実中昭和二十三年五月十七日労働組合臨時大会があつた点を認め、組合の要求額、通告文、回答文の点については争わない同年六月十日組合が「スト」権行使を再確認したとの点は不知、本件「スト」は組合員全員一致した決議に基いたものであるとの点は否認する、暫定労働協約前文の平和裡の文句は単に儀礼的例文であるとの点及び労働組合法第十二条に関する法律的見解は争う、なお原告代理人主張の第二(a)の(四)所載事項に関する被告代人の錯誤を理由とする取消については被告代理人の自白を援用するその他被告代理人の主張中原告代理人の主張に添う点を認めこれに反する点を否認すると述べた。(立証省略)

被告代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁の要旨として、原告主張事実中第一(原告会社全電化労働組合連合会被告組合の各組織並に昭和二十二年十二月末現在に於ける従業員に対する給与)の(一)(二)所載の事項はすべてこれを認める、第二(争議の経過)の(a)(対労連の交渉経過)の(一)所載の事項はすべてこれを認める、(二)所載の事項は現在の給与体系は九〇%強が生活給的部分を占め能力給的部分は極めて僅少に過ぎない、特に青海工場従業員については平均税込で能力給が一七二円(六%)一率給二、〇九二円(七二%)家族給六四八円(二二%)となり能力給は六%に過ぎない、これを現状のまま放置すれば勤務意慾は昇らず、また能率向上への努力も期待できない、従てこの際新給与体系を確立して給与増額に関する改善を試みようとしたものであるを否認して、その他はすべてこれを認める、(三)所載の事項はすべてこれを認める、(四)所載の事項につき、始め被告代理人は昭和二十三年九月二十二日の準備手続に於てこれを認めたが、同年十月七日の準備手続に於て先に(四)所載の事項を認めたのは錯誤に因るものであるからこれを取消し不知と述べ、(b)対組合の交渉経過中(五)所載の事項は「非平和的」「会社は組合に対し給与改善労働協約締結等に関して平和裡に組合と一交渉したい旨しばしば申出でたものであるから前記通告は違法というべきである」との点を否認し、その他はすべてこれを認める、(二)所載の事項中「同月二日午後三時地労委斡旋員大井委員が会社に暫定労働協約案を提示した」「会社は前記「スト」或は前記鉄道係、石灰係の部分「スト」等により受ける損害を概算すれば数百万円に及ぶと考えたことがあり、「スト」等を伴う非平和的交渉は全く忌避していた関係もあり、また暫定労働協約は斡旋員大井委員も慫慂したので、これを拒否するときは会社は業務遂行上大なる支障があると考えたので、その協約案を組合に対して承認し」との点は不知と述べ、「給与改善、紛議事項等の交渉については平和裡になすことを条件とすること及び労働協約新条項を定めた協約」との点を否認しその他はこれを認める、(三)所載の事項中「会社が組合に提示した給与改善案は会社の他の単位組合の連合体たる労連と妥結した条項に比べ毫も不当な条件ではない」「誠心誠意を以て円満なる」「なお会社のこの提案を同業の他会社がその従業員に対する待遇に比較すれば相当好条件というべきであつて、組合の従業員については地区加給はないがこの点は不当ではない、官公庁に於ても青海と東京とを比較すれば東京には三割程度の地区加給があることは顕著な事実である」「平均三割前後であつて官公庁の地区差給に比し寸毫も不当ではない」「同月十日組合所属の鉄道係の一部及び石灰原石採掘事業従業員の一部は「サボ」を実行した」との点を否認し、その他はこれを認める、第三(本件争議の違法性)の(一)所載の暫定労働協約前文に所謂「平和裡に」なる文言及び同協約第十四条に関する原告の解釈、(二)所載の「スト」実行手続に関し、(三)「スト」の限度に関し、(四)「スト」と損害との因果関係に関し、第四(損害額)「スト」に因る損害額に対してなした原告の各主張はこれを争うと述べたほかその主張として述べたところを要約すれば

第一  全電化脱退迄の経過

(一)  昭和二十二年七月十五日より三、一五〇円「ベース」では「インフレ」の昂進のため従業員の生活維持が困難になつたがこれを克服するには生産増強より、ほかに方法がなく、そのためには明日の労働力を作る新しい賃金がなければならなかつた、そこで昭和二十三年三月二十八日組合から会社に対し給与改善の申入をなすことが全電化連合会中央委員会に於て決定され、赤字補填と新賃金増額に対する要求を交渉するため、第六回中央経営協議会の開催を申入れ同年四月十五日より同月二十一日迄中央経営協議会が開催された。

(二)  右中央経営協議会開催前同年四月六日付で既に会社案(第一次案)が提示されていたが、中央経営協議会で両者案を協議するに当り労連側は補填を要求し会社側は給与増額と解し能率給を加味しなければならないと主張した。同月十九日会社側から暫定案(第二次案)が提示されたが、依然過度なる能率配分からなる給与増額案であつたので、両者の意見一致せず同月二十一日休会に入つた、今両者の案を税込で比較すれば次のとおりである。

労連要求案 会社案

本人支給手当

家族支給手当

総額手当

(三)  同年五月五、六日中央経営協議会が開備され会社から増加案(第三次案)が提示されたが、これは会社側が飽く迄能率給的態度を捨てず唯総枠だけを増したものである。同月七日中央経営協議会終了後全電化労連中央委員会が開催されたが、組合は団体交渉において解決すべきであると主張したのに対し、他の単位組合は地区差があり、また基本給が高いので要求案と会社案との差が少い結果、第三次案を手取りとすることによつて妥協する傾向があつた、これに反し青海というところは物価が非常に高く要求額と会社案との開きが大きいのである、第三次案迄を各単位組合に算出比較すれば左のとおりである。

青海

大牟田

本所

本社

秋田

右のとおり会社案の支給方法は能率給と職階制とを混合したようなもので、その根幹をなす性格は上に厚く下に薄いものであるが、青海を除く各単位労組はこれを呑みそうな形勢であつた。

(四)  同月八日青海の代表が工場ヘ帰り右の状況を執行委員会並に中央委員会に報告し、更に各職場に報告し「組合の態度を団体交渉によるべきか中央経営協議会を続行すべきか」につき各職場で大衆討議され、同月十一日の大会では組合代表の報告を聞いた後単独団体交渉を行うべきかにつき無記名投票を行つた結果、総投票数五九七中有効五八九票で、結果は四六〇票対一二九票、即ち規約により四分の三を超えた絶対多数で単独団体交渉に入ることが決定された、然しながら組合の執行委員会は更に大会の決議事項を各職場で再討議せしめ、下部がよくわかつているかどうかを調査するため同月十七日最後的臨時大会を開催したが、ここで単独団体交渉をなすことが再度決定され、それに伴う罷業権の行使が無記名投票の結果四四一対一〇七で可決された、これ青海工場の全組合員は会社側の支給方法が能率給と職階制を混合した上に厚く下に薄いものであり、これは組合の弱体化を狙つた分裂工作であると同時に一~三月の線を以て妥結すれば四月以降の分は獲得できず、最低生活をおびやかされるに至り禍根は将来に及ぶものであるとわかつているからである。

(五)  同月十八日全電化中央委員会が開催されたが、他の単位組合と組合とは根本的に開きがあることが明瞭になつた、その翌同月十九日の全電化中央委員会では青海を除く各単位組合は原案を修正して妥協しようとした。同月二十日中央経営協議会が開催されたが、会社は第三次案を固執して譲らないので詮議の余地なく閉会したが、組合側では直に全電化中央委員会を開き今後の態度を審議したが青海を除く他の単位労組は原案を修正して中央経営協議会に臨まうと決定した、ここに至つて組合は前記大会の決議に基き単独団体交渉に入ることを言明し、単独団体交渉権を青海に移譲するよう労連に要請した際一~三月を妥結したならば四月以降は事実上要求額は取れないし且つ会社案の支給方法は地区差と能力給と職階制とを交えたものでありその裏に組合の分裂弱体化を意図するものがあることを力説したが、他の単位労組は応じなかつた。ことここに至り同月二十一日組合全電化労連を脱退して単独団体交渉に移る旨文書を以て会社側に通告し同時に罷業権行使を通告した。

第二  暫定労働協約締結迄の経過

(一)  同年五月二十一日の前記通告に際し組合は会社との間に「(イ)会社は組合を団体交渉の相手方と認めること、(ロ)会社が現在、本社、本所、秋田、大牟田の各事務所全電化労連と締結している労働協約を組合との間に新たに労働協約が締結される迄これを準用すること」との協定を結ぶべく左記申入書を会社に送つた、そして同申入書記載中前記(イ)(ロ)所載事項(一、協定書)以外の事項(二、一~三月赤字補填金及び四月以降賃金増額乃至五定期昇給)に関する交渉は(イ)(ロ)所載事項(一、協定書)に関する協定終了後直ちに青海で行うことを申添えた申入書は次の如し、(一)協定書(二)赤字補填金(一~三月)及び賃金増額(四月以降)(三)住宅手当増額(四)労働協約の締結(五)定期昇給。組合としては無協約状態を一時も早く解決したいという考から速刻回答を求めたが、結局同月二十二日午前十時迄に回答する旨の返答があつた。同月二十二日午前十時三十分会社側より在京の組合代表に対し会社は自己の案を一歩も譲歩しない、組合は速に労連に復帰すべきである、若し復帰勧告に応じなければ止むを得ず組合との団体交渉に応ずる用意がある、協約準用は認めない旨回答して来た。一方青海現地では脱退の報告を受け青海を団体交渉の相手方と認めること、これに対する返答は同月二十一日午後四時迄とし、返答がない場合は同月二十二日正午を期して二十四時間「スト」に突入することを工場幹部に通告したが、工場幹部は会社から通報がないとの理由を以て返答を引伸していた。

現地青海に於ては同月二十一日中に前記の回答がなかつたので止むなく「スト」に突入したが、同月二十三日正午より操業を開始した。会社は依然協約の準用を拒否したのみならず協約の締結を避け優位の立場に於て労働者を圧迫する態度に出た。同月二十五日午前七時再び二十四時間「スト」に入ることを通告し宣言文を発表した。抑々組合が協約の締結を先議すべしとする理由は(1)組合員の身分を保障し労資対等の地位で交渉するため(2)従来適用されていた協約を準用するのに会社として拒否すべき理由がない(3)協約なくして団体交渉するときは会社は一方的にどんな行為もなし得る危険があるからである。同月二十五日の再度の「スト」に際しては会社は組合員に対し工場内入場を拒否した。同月二十六日の再三の無通告無期限「スト」の通告は会社が団体交渉に応ずる誠意がないためになされたものである。同月二十六日より二十九日迄数回団体交渉の申入をしたが何ら交渉は進展せず組合員を無協約状態に放置し組合の分裂首切等の危険に曝したので、これに憤激した鉄道係組合員は職場大会を開催し同月二十九日職場「スト」に突入した。同月三十一日婦人行動班が結成され原案貫徹要求青年婦人総蹶起大会を開催し、大会の決議を工場長に手交した。同日電炉課石灰係は労働協約の準用、労働基準法の適用(即ち酸素吸入器の設置、職場高圧線の排除)の交渉を開始したが、会社側は電炉課全員に対し工場休業出入禁止賃金不払を以て組合員を威嚇する態度に出たので同年六月一日石灰係は部分「スト」に入つた、かくして電炉課に於ては職場総蹶起大会が開催され、会社側の前記卑劣な態度に対し海野課長に決議文を以て責任を追及すると共に組合としても生産阻害の責任は明に会社側にあることを以て抗議した。同日午後三時半に至り電炉課職場組合員その他の組合員は折からの退場時に続々事務所前に参集して総蹶起大会となるに至つた。

(三)  以上の情勢の下に於て新潟県地方労働委員の使用者側松原、中立側大井、労働者側安東の三氏が会社並に組合間の斡旋の労をとり再三交渉がなされた。同月二日午後一時協約締結に際し会社側と組合代表との間に再び団体交渉が持たれたが強硬な会社の態度により決裂した。同日午後二時大井氏の申入により緊急執行委員会が開催されたが、その席上同氏は試案として暫定労働協約案を提示して曰く、全電化の労働協約準用という組合側の希望も殆んど大部分即ち骨子は凡てそのまま取入れたと述べ、松原氏も準用の線で行きたいといい、安東氏も賛成し、ここに三者の意見が一致したのであつた。

(四)  右の執行委員会終了後引続き中央委員会が開催され、慎重討議を経てから会社側と再び交渉した結果、同月二日午後十一時四十分遂に強硬な会社の態度を突破し、ここに暫定労働協約が調印されたのである。組合側が無条件でこの協約に調印するに至つたのは右の中央委員会で大井氏より協約前文の「平和裡に」及び「第十四条」の解釈として前者は罷業権を封殺するものでなく後者は完全な平和条項でないとの説明があつたが故である。

第三  暫定労働協約締結後の経過

(一)  当面の問題である労働協約の締結は労働委員の斡旋で暫定労働協約の締結ということで一段落を告げたので、同月三日組合は在来の要求である賃上問題について会社側に団体交渉を申入れた、その要求項目は(イ)一月~三月の赤字補填金及び四月以降の賃金増額(ロ)住宅手当の増額(ハ)定期昇給を主としたものであつたが、会社は故らに交渉を回避したので同日は交渉を打切らざるを得なかつた。その翌四日午後一時から交渉が開始されたが、工場長が糸魚川警察署へ急用件があるとて中座したので当日は何等の進捗をも見なかつた。その翌五日会社は交渉の場所を従来の工場内会議室をやめて十丁余離れた電化「クラブ」に変更したのでここで交渉を継続するに至つたが、会社は従来の案件のほか更に臨時賞与支給案を提示したがこれは上に厚く下に薄いものであつて組合としては到底承認できないものであつた。越えて同月六日交渉が続けられたが、会社は組合の切実の要求である一~三月の赤字補填金についてはその主張を一歩も譲らず、ために交渉は行悩んだ。前述のように組合の要求案の骨子は一~三月の生活を保障するところの赤字補填であり、会社の主張する要点は一月よりの賃金の増額を要点とし、あまつさえ第二次案で本給を五倍とし臨時賞与支給案についても本給の四、五倍とするが如き生活給を無視した案には組合としては到底納得できないものである、即ち五事業所中青海工場は基本給が最低であるからその倍額を給することによつて他事業所との差がますます甚だしくなり上に厚く下に薄いという開きができるのである。また青海は立地条件が悪く不毛の地多く狭い土地に多数の従業員が家族と共に居住し非常な消費地区であり物価の非常に高いところであるから官公庁の地区差給と比べて不当ではないという会社の主張は全く実状を無視したものである。かくして同月七、八、九日に至る団体交渉は会社側の無誠意により足踏状態だつたのである。前記暫定協約の前文には「平和裡に」の文言のほか「急速」円満妥結を図るため「即時」とあるにも拘らず会社はその主旨に反して誠意当面の交渉の妥結を図ろうとせず交渉はために遅延する一方であつた。

(二)  同月十日に至り交渉既に一週間に及ぶに拘らず会社は誠意を見せず交渉の前途は容易に妥結の道を見出せなかつたので、組合は臨時大会を開いて前叙のような情勢に鑑み執行部強化案を議題にしたが、大衆の中から期せずして緊急動議が提出され、会社の猛省を促すため無通告無制限「スト」断行を通告せよとの提案がなされたので、直に賛否を問うたところ、一人の反対者もなく満場一致で可決され、通告文は執行部一任と決つた。そが翌十一日右の大会決議に基き会社に対し通告文を手交したが、会社からは非常に挑戦的な反駁文が寄せられた。同月十二日午後一時から団体交渉を行つたが、何等の進展も見せなかつたが、同日大井一星氏が青海に来り、去る六日会社側との間に紛糾を見た暫定労働協約の覚書の件について説明をした、即ち中央労働委員会長々末弘巖太郎県地方労働委員会会長岩淵止の両氏につき解釈を求めたところ、協約前文並に第十四条は何ら会社側の主張するが如き一方的に争議権を封殺する平和条項ではない旨明にされた。越えて同月十四日会社は団体交渉を拒絶したので、組合は交渉の途がないため各職場毎に職場闘争が展開されたが、就中鉄道係に於ては同日午後四時より「スト」突入の決議をしてこれを断行した。その翌十五日も会社側は交渉に応ぜず、次いで十六、十七両日に亘り団体交渉がなされたが、会社は一歩も譲らず全く膠着状態となつたのみか、会社はこの間宣伝「ビラ」を継続発行して組合員及びその家族に配布し、組合の態度を誹謗し、組合並に大衆を徒に挑発憤慨せしめる行動に出たが、同月十八日に至り遂に交渉は絶望状態に陥り、事実上中止するの止むなきに至り、その翌十九日組合側の努力にも拘らず交渉は暗礁に乗り上げたので、執行部は日時の遷延を虞れ以て組合の弱体化を策謀する会社側の悪辣なる意図に対抗するため、先に五月十一日、同月十七日、六月十日の臨時大会の決議に従い、午前十時十五分を期して全職場一斉に全面的「スト」に突入する決意をなしこれを中央委員会に計つたところ、全員一致で執行部案を可決し、前記大会の決議に基き「スト」突入となつたものである。

第四  「ストライキ」突入後の経過

(一)  此の争議の実行に際しては製品係、運輸係、鉄道係は同月十九日午後十一時四十五分を期して、「スト」を中止し、会社の逆宣伝を封殺し、肥料の搬出に努めた。同日県地方労働委員が斡旋を申入れて来た、よつてその翌二十日この申入を審議するため、全組合員の大衆討議に付すべく臨時大会を開き無記名投票の結果斡旋依頼三六二票斡旋拒否三二二票無効二票の票決で、斡旋を受諾することに決定した。なお「スト」は依然続行することに決定した、また斡旋は組合案の線で行くことが確認されたが、会社は自案を固執した。

(二)  同月二十一、二十二両日も団体交渉が行われたが一向進展せず、同月二十三日地労委より会社に対し斡旋受諾の意思があるかどうかについて正式の問合せがあつたが、それに対して会社より、斡旋案は会社案を崩さないこと、近藤社長は全権を中山工場長に委ねてあるから同工場長を中心にして青海で行うこと、組合に対する「スト」追及権はこれを留保する等の条件付で、正式に斡旋申入を受諾して来た。同日一応団体交渉は開かれたが、現に斡旋が依頼されているとの理由で会社はこれを拒否した。同日「スト」を中止するや否やを中央委員会に諮つたところ現状維持と決定された。同月二十四日県地方労働委員会は朝賀調整課長を上京させ事態解決のため社長の来青を要請したが、社長は工場長に一任してあり自分は多忙であるとの理由でこれを拒否したので、会社の斡旋受諾は真意ではなく、事態を紛糾させて組合の分裂弱体化を図つたものであることが明かとなつた。同日組合側では緊急中央委員会が開催され「スト」中止につき再審議が行われたが現状維持という結論が出た。

同月二十五日団体交渉は会社側から拒否されたが組合の執行委員会の決議で執行委員十名が工場長に会談を求め、執行委員会の決断で「臨時賞与の枠を二百円増額することに応ずるならば執行部の責任に於て一~三月の件は受諾するよう」に組合員に納得させることを申出でたが、工場長は金銭上の問題でなくまた二百円の増額は認められぬと言明したので、組合は再考を促したが一顧だにされなかつた。そこで同日中央委員会を開き審議の結果、基本線として最後迄頑張ることが確認された。

同月二十六日直江津「ステンレス」工場に於て地労委はその態度決定のため小委員会を持ち、大井、松原両委員、朝賀幹事、増尾県労政課長、野本糸魚川労政事務所長出席して意見の交換をした結果、社長が現地に来ないでも斡旋に乗り出そうと決意した。その翌二十七日「スト」態勢は依然続けられたが、同日地労委大井、安東両委員、朝賀調整課長、増尾労政課長、野本糸魚川労政事務所長等が来つて組合執行部と面接の上、大井小委員長より(イ)昨二十六日直江津で小委員会が開かれたが、委員会の意向としては社長が現地に来なくても工場長相手に折衝する(ロ)工場長との折衝で解決しないときは最後の方法しとて東京に出向き社長と直接交渉する(ハ)それでも解決しなければ委員会は責任をとつて手を引く、との方針が決定された旨の報告を受け、次いで斡旋案の腹案として(イ)三委員の一致した意見では組合側の主張は妥当であるからその主張に添うように誠心誠意努力する(ロ)折衝する場合は組合としても「スト」態勢を解き、生産に努力するようにして貰えば、小委員会としては強力に会社に対し折衝できるであろう(ハ)会社側は応諾書で現在の線を一歩も退かないと言明しているのは明かに誠意がないものと認めるが、小委員会はこれを説得するため努力する(ニ)右の結果を来る七月二日新潟に於ける地方労働委員会定時総会に示したいと考える(ホ)小委員会は組合側が「スト」を解くことを条件として斡旋するというのではないと説明した。

(五)  前記二十七日午後四時電化「クラブ」に於て会社、組合双方から代表者各五名傍聴各十名を以て斡旋会議が開かれたが、会社は従前の主張を一歩も曲げないと述べた。大井委員としては同夜中に案をまとめて双方に示すから十分検討して貰えるかどうかと質問したが、会社の態度は曖昧であつた。組合に於ては同日午後九時半から午後十二時半迄中央委員会が開催され、小委員会の斡旋を期待して満場一致で明二十八日「スト」中止が決定された。その翌二十八日午前二時地労委大井、安東両委員、朝賀幹事、野本糸魚川労政事務所長は折衝を打切つて組合事務所に来り報告したところによれば、会社側は昨夜八時労働委員を呼んで曰く「誠に申憎いが斡旋案を見ると云うたが、会社側としては原案より出せないゆえ、斡旋案が出てから断るのは申訳ないから、斡旋案を延すかどうかして貰いたい」ということであつたので、労働委員から「然らば斡旋を拒否するのか或は自主的に解決できるのか」と問うたところ沈黙していたが、その後会社側は再度協議をして来て返答するところによると、斡旋案は会社案と同一内容のものとせよとのことであつた。越えて同月二十九日遂に組合は大井委員から会社が斡旋辞退を申出たとの報告を受けたのである。

第五  本件「ストライキ」の違法性に対する抗弁

(一)  本件暫定労働協約前文に所謂「平和裡に」なる字句は単なる例文でそれ自体労働協約の内容をなすものではない、従つて当事者たる組合を拘束する効力を持つていない、故に本件「スト」は契約違反にならないし損害賠償の責任もない。会社は前記暫定労働協約前文に示された「平和裡に」なる字句に組合が違反して「ストライキ」を断行したから契約違反でありこれによつて生じた損害の賠償を求むると主張しているが、これは全体としては何処迄も暫定労働協約であつて平和条項そのものではない、従つて「平和裡に」という字句は儀礼的な例文として挿入されたに過ぎないことは、この字句が前書として「急速円満妥結を図るため」という字句と共に前文に連ねられている点から見ても、単純な形容詞に過ぎないものであることは常識的に見て極めて明瞭である、若し「平和裡に」の字句に違反して「ストライキ」を断行したことが契約違反となるならば、急速という字句に反して至急に解決しない場合もまた契約違反となつて、会社側にも責任を生ずるということになり、その非常識たるや詮ずる迄もない、この字句が会社主張のように真の平和条項であるとすればこれは労働者にとつて重大な意味を持つので、かくの如く契約書の前文に簡単に「平和裡に」と記載さるべきではなく、もつと明瞭に平和条項としてはつきりと「ストライキ」はこれを行わないとか、争議手段に訴えないとか、罷業権抛棄の意思表示が条項的に記載されなければならないであろう、そして「平和裡に」の字句が労働協約の内容をなすもの、即ち平和条項としても、それは単に争議権行使の前提として両者間に執らるべき手続上の制限を定めたものであつて、争議行為の実行を制限するものではあつてもこれを封殺するものではない、たとえ封殺するような条項を作つてもそれは強行法規である労働組合法第十二条に違反するから全然効力を有せず無効なものであるからである。労働者が罷業権を持つことは生活権を守る最後の武器として全日本の労働者がこれを尊重し、これを擁護し、資本家の身勝手な利潤追求的搾取に対し、争議の場合にこの武器を持出して最後の勝利を得ようと計つていることは、今日至るところにまき起つている労働争議の現実である。組合もその意識に於て、また労働争議の戦術に於て決して異るものではあり得ない、罷業権を拠棄した意思のないことはその後「スト」を断行したことによつても明瞭であるが故に、この労働協約を締結するときに於ても最後の「スト」権を抛棄したものでないことは明かであり、従つて「平和裡に」の字句もまた単なる形容詞であり例文であつて、平和条項を意味する字句でないことも議論の余地がない、従つてまた「平和裡に」の字句に拘らず「スト」を断行しても契約違反にならず、損害賠償の責任もない。労働組合法第十二条は正当なる争議行為によつて資本家側に損害が生じても賠償の責任のないことを規定している、この規定は所謂民事免責の規定で、労働者が資本家と争議行為をやる場合は常に労働組合及び労働者側が何かと不利益の立場にあつて闘うのであり、一方労働争議の場合はその闘争力に於て資本家たる会社側に経済的な不利益を与えることが多い、特に「ストライキ」の場合に於て然りである。これ等の損害を顧慮するに於ては結局争議ができない結果となる、然し憲法第二十八条に於て労働者の団結権と団体交渉権その他の争議権が基本的人権として確立され、更に労働組合法第一条第一項に於ては具体的にこの団結権と団体交渉権その他の争議権が保護され、同条第二項に於ては労働争議の目的達成のためには犯罪行為の違法性を刑法第三十五条の適用によつて阻却されているのであるから、資本家たる会社に民事的損害の生ずるのは当然であつて、この損失を資本家に甘受させることこそ資本家の横暴に対する労働組合及び労働者の圧力としてこれを認めるのでなければ実際に於て労働争議は成立たない、約言すれば労働組合法第十二条は労働争議が起つた場合の勝利の権利を労働組合及び労働者に附与せんがために、損害賠償の責任を免除したものである、従つてこの規約は労働者にとつては特別保護法規であり、これによつて団結権、団体交渉権、争議権は保障され、労働者の生活権は保障されるのである、この意味に於て強行法規であつて、当事者が任意にこの規定の適用を取捨することは許されないことは勿論である。

(二)  組合の本件「スト」権行使はその手続上何等欠くるところがない、前述のように「ストライキ」の実行については五月十一日の臨時大会に於て、無記名投票の結果四六〇対一二九の絶対多数で可決され、更に同月十七日の臨時大会に於て、無記名投票の結果四四一対一〇七の絶対多数を以て再確認され、六月十日に至り再度罷業権行使並に通告につき確認を求めたところ、満場一致で可決されたものである。会社は右六月三日以前の大会決議はその後の事情変更により効力がなくなつたと主張しているが、右五月十一日及び十七日の大会決議は単に労働協約締結のための手段として罷業権を行使するとの点に限定して決議されたものではなく、賃金増額、赤字補填金の要求、その他の一般的要求事項に関して罷業権を行使するについての決議を求めたものであつて、このことは六月十日の大会に於て前記大会決議が満場一致で再確認されたことによつても明かである、更に組合は右大会決議の後六月三日より十九日迄の間各職場代表によつて成る中央委員会を前後四回に亘り招集し、その確認を求めた上殆んど満場一致の決議により「ストライキ」を実行したのであり、更に「ストライキ」中は同中央委員会を前後十一回に亘り開催したものであつて、手続上些も欠けるところはない、そして右無通告無期限「スト」は臨時大会に於て、その執行方法は執行部に一任され、争議の進行につれて適当に「スト」を実施することが満場一致で可決されているのである。

(三)  原告の主張する本件「スト」は限度を超えているから不当な争議行為であるというのは非常に誤である、この「スト」権行使は必要な範囲を逸脱していない。先ず期間に於ては前述の経過によつても明かなように、六月十九日以降の「ストライキ」は通算して約九日間であり、この程度の期間で終つた「ストライキ」は一般に短期「スト」に属すべきものであり、これを目して長期「スト」とは事実を誣いるも甚だしい。また現行法は短期「スト」が長期「スト」であるというだけの理由で違法とされる根拠は全く存しない、労働組合は事情と場合によつてやむを得ない場合は如何なる長期「スト」に訴えるも許されているのであり、右「スト」行為が単に期間の長短によつて違法性を生ずるというのは余りに形式に捉われすぎている。(ロ)次に損害の限度についてであるが、結局に於て組合案と会社案との差額は原告主張のように一人当り平均一日十七円であるが、この十七円は月額にして五百十円となり、この額が労働者に於ては最も重要な生活部分であり、この有無は生活の苦楽の分るるところである、今日の「インフレ」昂進の時期に於ては右の要求額は到底譲ることができるものではない、この点からしてその交渉は真剣でありまた命がけの問題である、然るにこの問題の団体交渉が六月四日より開かれ回を重ねること六回に及ぶも会社は依然としてその主張を強硬に頑張るので、組合は六月十日には臨時大会を開いて無期限無通告「スト」を確認し、翌十一日組合側より会社に対して通告文を送つて誠意ある解決方を要求したが、その回答文は不誠意極まるものであつたので、組合員大衆の下部組織迄反感が浸透し、各職場に於て最後の「スト」を断行すべしとの意見が澎湃として起り、団体交渉だけでは片附かぬことが益々明かになつて来たので、会社側も益々焦り、金にまかせて宣伝「ビラ」を発行して、組合員の切崩し、分裂策を企て、凡ゆる「デマ」宣伝を行い、自己の主張を通そうとしているので、最早打開の途を見出すことができないところ迄立至つたので、やむを得ず六月十九日午前十時十五分を期して全職場一斉に全面的「ストライキ」に突入し、会社側の誠意ある解決方を要求したのである。以上のように組合側が断行した「ストライキ」権の行使は組合側にとつては団体交渉の成行や会社側の態度によつて誠にやむを得ざるものであり、且つそれなくしては争議に勝つことは絶対にできない状態におかれてあつたことを確認し、そのためには「スト」権行使が絶対に必要であつたもので、原告主張のように不当な「スト」権を行使したものでもなく、また限度を超えた「スト」権の行使でもないのである、即ち「ストライキ」は期間の長短、与えた損害額の大小によつて違法性の有無が云為されるものではないのである。

(四)  原告は本件「ストライキ」により経営権の侵害、財産権の侵害ありというが、本件「ストライキ」によつては原告の経営権は何等侵害されていない、原告は「ストライキ」中及びその前後を通じて依然青海工場の経営権を握つていたものであるまた財産権の侵害は「ストライキ」により組合に属する労働者が労務を提共しなかつたという債務不履行によつて生じたものであり、それ以前に原告の財産に対し暴行的行為があつたことも、破壊的行為のあつたこともなく、この財産権の侵害を不法行為を以て目すべきではない。如何なる「ストライキ」に於ても会社、資本家に財産上の侵害を生じ、形式上財産権の侵害を生ずるものであるが、それは「ストライキ」の本質であり、財産権の侵害が生じたからといつて、「ストライキ」が違法となるが如き主張は本末を顛倒するものであるというに在る。(立証省略)

理由

会社が昭和二十三年末現在で組合員たる従業員総数五、六七一名を有し、石灰窒素、炭化石灰及びその他の化学工業品の製造販売等を主たる業務とする資本金五千七百五十万円の特別経理会社であり、組合は電化青海工場の従業員を以て組織され、右同日現在で組合員三、四六一名を有する法人であり、会社内には事業所別で従業員を以て組織する電化青海工場労働組合、電化大牟田工場労働組合、電化秋田鉱業所労働組合、電化本社従業員組合、電化本所工場労働組合の単位労働組合があり、これ等の組合が一体として全電化労働組合連合会を結成していたこと。会社の従業員に対する給与は昭和二十二年十二月末現在税込で一人月平均三、一五〇円、賞与月割一〇〇円、特殊作業手当月割一〇〇円、以上合計三、三五〇円を支給し、別に時間外残業手当その他の基準外手当月割一五〇円以上総計三、五〇〇円を支給していたこと(この給与は一人当り平均税込概算八〇〇円増額した昭和二十二年四月の給与改善と、一人当り平均税込概算一、〇〇〇円増額した同年七月の給与改善とに依つたものであるが)。会社の従業員に対する前記給与につき労連は会社に対し昭和二十二年三月二十八日付及び同月二十九日付書面を以て原告主張の事実摘示内容(対労連の交渉経過(一)所載)を骨子とした従業員の給与改善案を具陳して経営協議会(会社の労資間の協議機関)の開催を要請したこと。右労連の給与改善案に所謂手取り二、一一一円六〇銭は税込にすれば約三、三〇〇円となり、これを当時の基準支給額三、三五〇円に加算すれば六、六五〇円となること。会社が同年四月六日書面を以て原告主張の事実提示内容(対労連の交渉経過(二)所載)を骨子とする給与増額案を経営協議会に提示したことは孰れも当事者間に争がない。また、会社の従業員に対する現在の給与体系は九〇%強が生活給的部分を占め能力給的部分は極めて僅少に過ぎない、特に青海工場従業員については平均税込で能力給が一七二円(六%)一率給が二、〇九二円(七二%)家族給が六四八円(二二%)となり、能力給は六%に過ぎない状態であつて、これを現状のまま放置すれば勤労意慾が昇らず、また能率向上えの努力も期待できないので、ここに会社は新給与体系を確立し給与増額に関する改善により沈滞せる現状を打開しようとしたものであることは成立に争ない甲第一、第二号証を綜合すればこれを認むるに難くない、そして他にこの認定を覆するに足る被告の証拠がない。かくして同年四月十五日より同月二十一日迄六日間に亘つて経営協議会が開催されたこと。経営協議会に於ては労連提案の所謂赤字補填要求事項と会社提案の給与増額事項とを一括上程したが、労連は理論生計費を主張してその案の妥当性を強調し、会社は現在の給与体系が能力給を著しく軽視する点を指摘してその必要性を力説したが、結局労連は労連案のみを単独協議するように要請し、会社は飽く迄両案の同時審議を主張して協議が纏らなかつたので、局面打開策として同月十九日に至り会社は原告主張の事実摘示内容(対労連の交渉経過(二)所載)の暫定案を提示したがこの暫定案も経営協議会に於て妥結を見るに至らず、労連は各単位組合の意向を参酌して決定したいと申出たため経営協議会は同月二十一日を以て一応休会に入つたこと。同年五月五日経営協議会が再開され、労連は原告支持の一本槍であり、会社は枠及び配分の二点でこれと意見を異にし協議は行き悩みの状態となつたので、会社は同月六日の同会に於て更に原告主張の事実摘示内容(対労連の交渉経過(二)所載)の追加増給案を提示したが、労連はこれに対し再び各単位組合の意向を聴くことになり経営協議会が休会に入つたこと。同月十九日労連が会社に対し団体交渉を要請したが、その交渉事項は労連提案の経営協議会附議事項と殆んど同一であつたこと。同月二十日団体交渉が開催されたが不調に終り、その翌二十一日労連は全電化中央委員会を開いた、そして組合は労連を脱退して会社に対して闘争宣言をしたことは孰れも当事者間争がない。ところで組合が労連を脱退した後の会社と労連との間の交渉が妥結する迄の経過について原告の主張するところに依れば、労連と会社との間に五月二十二日、二十四日、二十五日、二十六日に亘り連続して団体交渉をしたが、二十六日労連に提示した会社案の要旨は(イ)一月より三月迄毎月の手当として本人に対して本給の五倍、家族に対して四人目迄一人当り一三〇円、五人目より一人当り一〇〇円増額支給する、但し地区加給として右の金額につき大牟田二割、門司三割、東京、大阪四割を加給する、別に本人に対し平等に三五〇円を加給する、但し十八歳以下の者には二〇〇円を加給する、(ロ)住宅手当として社宅外居住の実質上の世帯主に対して一箇月税込で一六〇円を四月以降支給する、(ハ)四月以降の給与は一箇月平均四、八〇〇円を保障し、これが配分は新賃金体系によることし、六月中旬に経営協議会を開催し同月中双方誠意を以てこれが確定に努力する、(ニ)臨時賞与として左記の割合によつて得た金額(その金額は一人平均手取り約一、八〇〇円となる)を支給する、即ち本人に対して本給の四、五倍(日給者に対しては日給三十日分の四、五倍とする)を、家族に対して四人目迄一人当り一一五円を五人目以上は一人当り九〇円を増額支給する。以上の給与については地区加給がある)右の外本人に対し平等に六〇〇円を加給する、但し十八歳以下の者には五〇〇円を加給するというのであつて、この提案は労連案と比較すれば一月より三月迄の支給方については税込で一、一〇〇円少いこと、四月以降の住宅手当は若干少いが四月以降の新給与と前記のように平均四、八〇〇円の支給を保障した点からすると新賃金体系による計算の結果四月以降の給与は労連の要求額を全面的に容れたものである、なお右の臨時賞与給与額を加算しての計算によれば一月より三月迄の部分は会社は労連の要求額に対して地区加給の関係上東京は七九%大牟田は七三%内外を承認したことになる。越えて同年五月二十七日会社は労連との間に細目の協定をしその翌二十八日協定書に調印するに至つたので組合員たる従業員総数五千六百余名の中約二千二百余名即ち事業所五箇所の中四箇所については円満裡に交渉が成立妥結したというに在るか、被告代理人は、当審の昭和二十三年九月二十二日午前九時の準備手続に於て、右の原告主張中、円満裡に交渉妥結したとの部分について不知を以て答え、その他の部分についてはこれを認むと述べたが、その後同年十月七日午前十時の準備手続に於て、右の是認は錯誤に基くものであるとの理由でこれを取消し不知と訂正すと述べたに対し、原告代理人は、相手方の先の自白を援用したに拘らず、被告代理人はその自白が事実に反し且つ錯誤に基くものである点につき何等の立証をしないのみならず、記録上この訂正を是認するに足る心証を惹起しない、却て被告牧江有次の本人訊問の結果たる一部供述によると、被告は遅くも同年六月四日這般の交渉経過を了知したことを窺知し得られるので、結局「円満裡に交渉妥結した」との点を除く原告主張事実は被告代理人に於てこれを自白したものというべきであり、また会社対労連の前記交渉が円満裡に妥結したことは前記甲第三号証及び証人山内富基、同水野敏行の各証言を綜合すればこれを認め得る。

次に対組合の交渉経過について審接するに、昭和二十三年五月二十一日組合が労連を脱退して会社に対して闘争を宣言したこと。会社と労連との間には労働協約があつたが、単位労働組合と会社との間にはこれがなかつたのでこの脱退により会社と組合との間は無協約状態に陥つたこと。これを理由として組合が会社に対し協約の締結(会社と労連間の協約の準用)と、これ迄労連の交渉した給与の増額改善に関して単位組合としての給与改善を要請したこと。組合は会社との間交渉継続中満足な回答がないことの理由で五月二十二日正午より二十四時間「スト」に入る旨を宣言し、賠償関係要員以外は全部これを実行し、その翌二十三日正午これを解除し、同月二十四日午後四時五十八分要求貫徹を条件として同月二十五日午前七時四十五分より二十四時間「スト」に入る旨通告し、前同一目的を以て五月二十五日午前七時四十五分より再び二十四時間「スト」を実行したこと。会社と組合間の紛議がもともと給与改善に起因したものであるからこれについて誠意を以て交渉に当りたいと会社が組合に申入れたが、組合は労働協約を先議することを主張し給与改善交渉に入らなかつたこと。五月二十六日要求条件貫徹(主たる条件は協約締結)のため組合が会社に対し無通告無制限「スト」の実行をする旨の通告をして来たこと。組合に属する会社の青海工場鉄道係従業員は同係のみの職場会を開催し五月二十六日午前八時より六月二日午後十二時迄「スト」を決行したこと。青海工場石灰係従業員が同係のみの職場会を開催し六月一日午前十一時よりその翌二日午後二時迄「スト」を決行したことは孰れも当事者間に争がない。そして右「スト」通告が非平和的であるとの点については、会社と組合との間には協約が存しない当時であつたのであるから、会社が組合に対ししばしば平和裡に交渉したい旨申入れただけで、その他に特別の事情の認むべきもののない本件に於てはこれを以て直に非平和的乃至違法であるとは断じ難い、従つてこの点に関する原告の主張は採用しない。

会社の事業が県下は固より全国的の重要産業であり、その製造目的物である石灰窒素は農業に必要なる肥料であるから、会社の争議継続は農民に影響すること甚大であること。これがため地労委斡旋員が会社の青海工場の争議の実状調査と斡旋のため同工場に来り、同年六月一、二日に亘り実状調査または斡旋を行つたが、六月一日には交渉が成立せず、その翌二日に至り地労委大井一星委員の作成案に基きその斡旋で所謂暫定労働協約が締結されたことは当事者間争がないし、証人山内富基、同鈴木重文、同吉田安一、同水野敏行の各証言及び証人大井一星の証言の一部並に前顕甲第二号証を綜合すれば、所謂暫定労働協約が成立するに当り地労委大井一星委員が会社及び組合の双方えその私案を示し、諸般の状勢を説き暫定協約の成否につきその利害得失を説明したので、会社側ではその説明に信頼してその協約案を承認することとし、六月二日午後十一時過ぎ当事者双方調印したことが認められる。かくして暫定労働協約締結後に於ける組合対会社間の争議経過について観るに、同年六月三日組合より会社に対し給与改善につき団体交渉を申入れたが、その交渉事項の内容は、労連の給与改善要求の一箇月手取二、一一一円とあるを組合は地区差による平均給与が少いことの結果として、一箇月手取一、九八二円二九銭と訂正した外はすべて前記要求と同様にし、その配分は幾分減少した外は前要求事項と同一であつたが、会社はその交渉を応諾して団体交渉に入り、同月七日迄これを継続したが妥結に至らず、その間会社より給与改善案を提示したが、その主要条項は(イ)一月より三月迄は本人に対して本給の五倍(日給者は三十日分の五倍)を、家族に対して四人目迄一人一三〇円を、五人目以上一人一〇〇円を、別に本人に平等に三五〇円を加給する但し十八歳以下の者には二〇〇円を加給する(ロ)住宅手当として社宅外居住の実質上の世帯主に対して一箇月税込一六〇円を四月以降支給する(ハ)四月以降の給与は前記第二の(a)の(四)の(ハ)に記載した会社が労連との間に妥結した一箇月平均四、八〇〇円を保障し、給与体系については別に協議する(ニ)臨時賞与として会社が労連と妥結した前記第二の(a)の(四)の(ニ)に記載したと同一の割合による金額を支給する、但し組合の従業員には地区加給がないこと、新勤者若年者が多いこと等のため労連の一人平均手取一、八〇〇円より少く平均一、六〇〇円未満となるがこれを一、六〇〇円とし、その差額の配分については別に協議するというにあつたこと。会社はその提案の妥当なることを詳述したが組合が応諾しなかつたこと。六月八日より同月二十三日迄の間十四日を除き団体交渉を継続し会社は組合に対する給与改善案が公平妥当であつて所属組合員を毫も悪遇するものでないことを挙証し旦つ詳述したが、組合幹部はこれに反対して妥結に至らなかつたこと。同月十一日組合は会社に対し無通告無期限「スト」があるべきことを通告したこと。同月十四日午後四時より同月十六日午後二時迄の間組合所属の鉄道係従業員が「スト」を決行したこと。同月十九日午前十時十五分より賠償関係の保管要員及び火災予防要員以外の組合の従業員全部が「スト」を決行し同月二十八日午前十時十四分組合がこれを解除する迄継続した、但し同月十九日午後十一時四十五分より鉄道製品運輸「ボイラー」の各係のみが「スト」を解除したことは孰れも当事者に争がない。

依て前記六月十九日乃至同月二十八日迄継続して決行されたこと当事者間争ない本件「ストライキ」の違法性に関する争点中先づ暫定労働協約違反の存否について按ずるに、前顕甲第一号証(暫定労働協約)によれば、その前文には「電気化学工業株式会社青海工場(以下工場と称す)と電化青海工場労働組合(以下組合と称す)との間における今次の争議に関し両者は平和裡に急速円満妥結を図るため即時左の三件

一月―三月生活補給金の件

四月以降の新賃金体系決定の件

労働協約締結の件

につきそれぞれ団体交渉を開始しその解決を見る迄の間次の暫定労働協約を締結する」とあり、その第十四条には「この暫定協約について又は暫定協約前文の事件解決について工場及び組合はいつでも新潟県地方労働委員会其の他の機関に斡旋調停又は仲裁を依頼することができる」とあるところ、同協約の起案者たること当事者争ない証人大井一星の証言によれば、昭和二十三年五月末新潟県から地労委に対し、電化青海工場の労働争議が既に一箇月余も続いているから、何とか相談してくれとの申入があつたので、地労委では臨時総会を開いて協議した結果、当事者からの依頼はないが労調法に基いて地労委が自発的に斡旋にのり出すこととなり、労働者側委員安東義雄、資本家側委員松原保治、中立側委員大井一星が斡旋小委員に挙げられて現地に赴いて実情を調査の末、何れにするも無協約状態におくのはよくないので、大井委員が他二名の委員の諒解の下に差当り労連の協約準用の線で労資双方を妥結させ、以て団体交渉を軌道に乗せて平穏裡にこれを進めて行きたいと考え、労連の協約をかたどつて所謂暫定労働協約案を大井私案として作成し、これを労資双方に示して同協約の成立を慫慂した結果、双方の調印となり、ここに本件暫定労働協約が成立した旨の沿革事実、同証言及び被告代表者牧江有次、同八田実次の各証言から窺知し得らるる大井委員は組合側に対しては案文をよく読めば労連の協約準用以外に他意ない旨及び「平和裡に」乃至第十四条の条文は極めて義務づけない表現を用いているから組合は第三者に依頼しなければ争議行為ができないと考える必要はない即ち争議権を封殺するものでない旨説明したが、会社にはこのことを云わなかつたこと、暫定労働協約締結後の六月八日に至り組合の代表者が大井委員に対し前記第十四条が所謂平和条項に該当しないとの覚書を会社と交換したいと要求したので同委員から会社にこれを申入れたが容れられなかつた事実、前顕証人山内富基同鈴木重文、同水野敏行、同吉田安一、同中川廉の各証言から窺知し得らるる会社側に於ては暫定労働協約の提案者大井委員の言動により同協約の前文に所謂平和裡に及び第十四条の条文が存する以上、この字句及び条文は即ち所謂平和条項であるから労資双方はこの協約が存する限り争議行為はできないものと感得した事実を綜合考覈すると、畢竟大井一星委員は本件暫定労働協約締結に際して、労資双方に対し完壁な説明を与えなかつたのみならず、その説明が同一でなかつたため本件暫定労働協約についての会社側と組合側との解釈が事実摘示のように相容れないものとなつているものと解することができる。ところで協約の解釈について当事者間に争の存するときは、その全内容のみならずその成立の沿革等諸般の事情に照し妥当なる解釈をなすべきであるところ、本件暫定労働協約(前顕甲第一号証、成立に争ない乙第十二号証)の全内容特に前文の「平和裡に」なる字句及び第十四条と前掲同協約成立当時の事情並にこれが成立に関する経維乃至沿革とに照して考察すれば、同協約は所謂平和条項を包含するものと解釈するを以て極めて妥当というべきである。被告は所謂「平和裡に」なる字句の占める位置が協約の前文なること、その字句が余りに簡単なること等より推論し若くは起案者の説明を根拠として、これを目して法的拘束力のない例文に過ぎないものと主張するけれども、起案者の意思は一の解釈資料たり得るに過ぎないものであるし、前文に存する簡単な字句であつても協約本文の記載と相俟つに於ては必ずしも常に法的拘束力のない儀礼的な例文に過ぎないものと妄断すべきでないところ、「平和裡に」なる字句は第十四条と相待つて所謂平和条項を形成していること前段認定のとおりであるからこの点の被告の主張は採らない。また被告は本件暫定労働協約の全行文殊にその前文に所謂「平和裡に」なる字句及び第十四条の表現程度のものを目して、仮にこれを平和条項を包含する労働協約であるというのは差支ないとしても、この場合の平和条項は決して真の意味の平和条項ではなく、それは罷業権行使の前提として、単に手続上一応団体交渉をするというだけの趣旨に過ぎないものと主張するのであるが、前段平和条項認定の証拠として記載した各資料を綜合して考察すれば、本件暫定労働協約は今次の労働争議に関し工場及び組合双方が経済闘争手段を用いないで、信義誠実を以て団体交渉を行い、その交渉が不成立になつた場合でなければ経済的闘争手段を用いない趣旨の所謂平和条項を包含するものと認め得るので、この点に関する被告の右主張は採用し難い。なお、被告は本件暫定労働協約に包含せらるる平和条項の趣旨が以上認定のようなものであるならば、それは労働者の団結権、団体交渉権、その他の争議権を確立している憲法第二十八条、労働組合法がこの団結権の保障団体交渉権の保護助成に依り労働者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与するという旨の宣明している旧労働組合法第一条第一項、労働争議の目的達成のためには犯罪行為の違法性も刑法第三十五条の適用によつて阻却される旨の同条第二項、正当なる争議行為によつて資本家側に損害が生じても賠償責任のないことを規定している同法第十二条等に牴触する結果となるところ、以上の各規定はすべて強行規定であるから、これに反する右の平和条項は無効というべきであつて、仮令組合側の闘争手段によつて会社側に損害が生じても賠償責任を生じない旨抗弁するので、この点について稽えるに、抑々労働協約締結の目的は箇々の労働者と使用者との間の労働条件を律すべき規準を定めることによつて、経済的優位にある使用者の専擅を防ぎ、以て労働者の地位を擁護しようとする所謂規範的目的と、労資間の争議によつて必然的に生ずる勢力の濫費、従つてこれによる共倒れを防ぎ、延いては産業平和を確立せんがために、一定期間一定範囲に於て相互の協定により、経済的闘争手段の使用を差控えんとする所謂平和目的の二者であると観るべきであるから、その後者の目的を実現するため労働協約の中に特にこれに関する条項を定めて法的拘束力を有せしめることは、労働協約を支配する叙上の存在理由に照し毫も所論の各規定に牴触するものというべきではない、そして経済的闘争手段の使用は協約に基く平和義務違反であるから、これによつて相手方に損害を生ぜしめたものはこれが賠償責任を負担すべきである、本件に於て、会社組合間に前記暫定労働協約が成立し、双方の間に協約規定の事項につき団体交渉継続中に組合乃至組合員たる従業員が「ストライキ」をなしたものであること前叙のとおりであるから、組合は会社に対しこれがため蒙つた損害を賠償すべき責務があるといわねばならぬ。次に本件「ストライキ」実行の決議に手続上の瑕疵があるから、その決議に基いてなされた「ストライキ」は違法である旨の原告の主張について按ずるに、前顕被告代表者牧江有次の証言及び同証言によりその成立を認め得る乙第十七号証、同第二十二号証に依れば、昭和二十三年五月十七日組合の代議員の臨時大会に於て四四一票対一〇七票で罷業権行使の議が可決され、同年六月十日の同臨時大会に於てこれが確認を求めたところ、殆んど、満場一致で可決されたことが認められる、そしてこの際の採決が投票によつたとの点に関する前顕被告代表者牧江有次の証言部分は措信し難いけれども、仮令、これが原告主張のように挙手の方法で行われたとしても、前記乙第二十二号証(組合規約)に依れば、罷業権の行使及びその中止についてはその必要的賛成数のみ規定されていて、その方法については何れなりとも規定していないのみならず、組合規約はもと組合内部に関する規定であるから、採決方法につき特に明定していない以上挙手の方法も、また、有効な方法と認むるを相当とするので、この点に関する原告の主張は理由がない。「ストライキ」が連続して長期に及んだためこれに因る損害が多額に上つたということだけで正当な「ストライキ」が違法化することはないと考える、ところで連続して昭和二十三年六月十九日乃至同月二十八日に及んだこと争ない本件「ストライキ」の如きは未だ長期「ストライキ」とは云い得ないのみならず仮に本件「ストライキ」に因り会社の蒙つた損害が原告主張金額に上つたとしてもそのことだけで本件「ストライキ」が違法化するものと考えられないのでこの点に関する原告の主張は採用し難い。

おわりに、本件「ストライキ」が不法行為であるとの原告の主張について按ずるに原告は本件「ストライキ」は暫定労働協約に違反する外組合幹部の不当な指導及び執行行為に因り惹起されたものでこれに因り会社の業務遂行権が侵害されて財産権上の損害が発生したのであるから本件「ストライキ」は不法行為をも構成すると主張するのであるが本件「ストライキ」が暫定労働協約に違背して債務不履行の状態を惹起したことは前段認定のとおりであるがこの外組合幹部の不当なる指導及び執行行為に因るものであることは原告の全立証を以てするもこれを認め難いのみならず本件「ストライキ」が公の秩序善良の風俗に反してその正当な範囲を逸脱した点も認め難いので不法行為に関する原告の主張は理由がない。

最後に、昭和二十三年六月十九日乃至同月二十八日の本件「ストライキ」中原告は本訴に於て会社が同月二十日より同月二十六日に至る七日間の「ストライキ」に因つて蒙つた損害賠償を求めるものであるところ、被告は本件「ストライキ」に因つて会社が損害を蒙つたことを認め、その額については不知を以て争つているのであるが、鑑定人平野晨の鑑定の結果に、証人丸田和夫の証言を参酌すれば、原告主張のように右の損害額は(イ)アセチレン系製品を生産する工場に特有なもの(ロ)「ストライキ」中の遊休経費その他直接的経費等一般工場に共通なものとがある、即ち

(a)  「ストライキ」に原因する生産減少のための損失

昭和二十三年六月分推定生産高及び消費高

「カーバイト」生産高

同 消費高

内 石炭窒素用

其の他の製品用

渇水期繰越分

(註、「カーバイト」五三瓲は石灰窒素六六瓲に相当する)

前掲繰越分が渇水期に於ける石灰窒素製造用に充当されこれによる収支状況は左のとおり

収入

石灰窒素六六瓲(@二一、七一六円四四)

支出

「カーバイト」五三瓲(@一〇、二三四円八二)

同上価格改定による差益金(@七、二四四円四四)

石灰窒素製造のための追加経費六六瓲(@一、三〇〇円〇〇)

支出合計

以上収入差引純収入

これは「ストライキ」による「カーバイト」生産減により当然得べかりし利益を失つた額である。

(b)  遊休費及び直接的経費

(1)  固定的経費 六月分実績

法定福利益

退職手当月割額

減価償却費

火災保険料

租税課金

旅費交通費

通信費

厚生費

雑費

固定経費合計

右に対する三〇分の一日分

外本社経費負担額

右に対する六割

右に対する三〇分の一日分

以上二口合計金二五四、九七七円三六固定的経費一日分

(2) 黒部川電力料(三八、〇〇〇KW)×(七〇%)×(七二〇H)×(一〇銭) 一、九一五、二〇〇円〇〇

右に対する三〇分の一日分 六三、八四〇円〇〇

因に本電力料は供給契約上遊休の場合と雖も負担の義務あり。

(3) 「ストライキ」期間中支払賃金及協力隊、外減収補償金(固定的人件費)

経営補助費

警備要員

協力隊

水島組(原石請負人)

右に対する七分の一日分

即ち

(b){遊休費及直接的経費}一日分合計

(c)「操業中止に因る製品ロス及操業再開のための特別経費」として

(1)  「カーバイト」玉風化ロス六七鍋

(2)  「カーバイト」爐三、〇〇〇KW六基

(3)  爐掘費用六基分

(4)  石灰爐風化ロス

(5)  同上スタート用薪代

(6)  同上薪運搬費及び火付費

(7)  石灰窒素釜下ロス

(8)  同上スタート用薪代

(9)  同上薪運搬賃及火付費

即ち

操業中止に因る製品ロス及操業再開のための特別経費

合計

右に対する九分の一日分

(d)「ストライキ」のための特別経費

(1)  工場関係

貨車留置料

争議経過報告書其他印刷代

小計

右に対する七分の一日分

(2)  本社関係

「ストライキ」関係通信費

出張旅費

右に対する七分の一日分

以上(1)(2)二口合計金七二、五六四円九一{ストライキの為の特別経費}一日分

となることを認め得る。以上(a)(b)(c)(d)四口の合計百八万三千七百七十七円三十八銭は即ち会社が蒙つた一日の損害額であるから、七日間七百五十八万六千四百四十一円六十六銭の損害額に及んだことは算数上明かであつて、組合は会社に対しこれが賠償の義務あること前段認定のとおりであるから、内金二百万円及びこれに対する本件訴状の送達されたこと、記録上明瞭である昭和二十三年八月二十六日の翌日である同月二十七日より完済に至る迄年五分の割合の金額の支払を求める本訴請求を相当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文のように判決した。

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